大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和48年(ネ)699号 判決 1974年5月14日

理由

一、控訴人は、被控訴人が請求原因として主張する金員を借り受けたことがない、とその消費貸借成立の事実をすべて否認するところ、

(1)  甲第一号証には、控訴人が、被控訴人より昭和四一年八月三〇日から同年一一月一二日までの間に金員を借用し、その借用金弁済総額が金一一三万八、〇〇〇円であることを確認し、被控訴人に対し右債務につき公正証書の作成を公証人に嘱託することを委任した旨の記載があつて、これに控訴人の記名押印(控訴人名下の印影が控訴人の印顆により押捺されたものであることは当事者間に争いがない。)があり、原審における被控訴人本人の供述によると、右甲第一号証はその作成日付である昭和四一年一一月一三日に控訴人の面前で作成し、その記載の金額は右期間中控訴人に貸与した金員を日記帳(甲第四号証)に書き留めておいたものを合計したものであつて、控訴人においても右の趣旨を了承し、被控訴人の求めに応じ印鑑証明書(甲第二号証)を手渡した、というのであるが、控訴人は右甲第一号証につき控訴人名下の印影部分を除きその成立を否認し、原審における控訴人本人尋問においても右甲第一号証を作成したことは全く知らないし、そのころ被控訴人に対し控訴人の印鑑証明書(甲第二号証)を渡したことはないと強く否認するところ、被控訴人が控訴人に対し昭和四一年八月二一日結納金を交付し同年一一月中旬から翌昭和四二年五月ごろまで両者が内縁の夫婦として同棲していたことは当事者間に争いがなく、原審における控訴本人尋問の結果、原審における被控訴人本人尋問の結果により成立を認める甲第四号証によると、被控訴人は右結納金を交付した後ごろから控訴人方にしばしば出入し、その滞在時間も短かくなく、時折り宿泊していた事実が認められ、他方、原審における控訴人本人の尋問の結果によると、控訴人は被控訴人と同棲する前は沼津市内において旅館を経営していたこと、被控訴人は控訴人方を訪れた際には右旅館の帳場で将来のことを語り合うなどして時を過ごしていたこと、控訴人の印鑑は甲第一号証に押捺されたものを含めて右の帳場の書机の引出しに入れてあつて被控訴人は控訴人の印鑑が右のように保管されていることを知つていた事実が認められ、被控訴人において控訴人の印鑑をその不知の間に利用しうる立場にあつたと一応疑う余地があるのみならず、前掲被控訴人本人尋問の結果によると、甲第一号証を作成するに用いた用紙は被控訴人が金融業のためにあらかじめ作成していたもののひとつで、甲第一号証を作成するについては被控訴人において控訴人の記名を含めてすべてこれを記入したものであることが認められ、これが事実と前示認定事実をあわせ考えると、甲第一号証は控訴人の押印部分を除き何時にても作成できたもので、その作成日付が果してこれに表示された日に作成されたものかどうか疑わしい。さらに、甲第一号証中の控訴人名下の押印箇処についても、前掲被控訴人本人の供述によると、最初控訴人から示された同人の印を押捺し、その後、前示のように同人の印鑑証明書を受け取つて調べたところ、これと違つていたのであらためて印鑑登録されている印を押して、さきに押捺した印影を抹消したというが、被控訴人が控訴人名下に最初に押捺した印影の箇処は著しく控訴人の氏名から間隔があり、次いで押捺したという印影は丁度右の控訴人名とさきに押捺した印との間に押捺されていて、そのいずれにも重なつて押捺されてはいないのであつて、他方、被控訴人が記名捺印をした例を甲第三号証(その本文作成名義部分及び末尾の写の認証部分の両方を含む。)、第一二号証及び第一三号証の各写末尾の認証部分並びに本件記録中の訴状、被控訴人の準備書面の作成名義部分及び同人の宣誓書の各押印部分に比較してみると、これらいずれもが、その名下に他の印影を入れうる余地なく押捺されているのに対し、甲第一号証に最初に押捺したという箇処は右の例に比し果してさきに押したものかどうか疑わざるをえないのであつて、甲第一号証の二つの印影は同時に押捺され、後に一方を抹消したものとも疑う余地もあり、以上の諸点をあわせ考えると、甲第一号証の作成の経緯に関する前掲被控訴人本人尋問の結果はにわかに措信できないし、従つて、同号証の控訴人名下の印影が控訴人の印顆により押捺されたものであることが当事者間に争いがないからといつて、控訴人名下の印影が控訴人の意思にもとづき押捺されたものであると推定するわけにはいかず、他に同号証の成立を証すべき証拠は存しないから、同号証をもつて被控訴人主張事実を認定する資料とすることはできない。

(2)  次に、甲第二号証につき被控訴人は甲第一号証を作成した際に控訴人から受け取つたというが、甲第一号証が前示説示のようにその作成の経緯につき疑問があり、控訴人において甲第二号証を被控訴人に交付したことを否認し、他方被控訴人は前示のように控訴人方に自由に出入りしていたものであるから、同号証が被控訴人の手中に存するからといつて、これをもつて直ちに甲第一号証が真正に成立したことを認めるに足る証拠とすることはできない。

二、そこで、右に採用すべからざる証拠を除き、被控訴人の請求原因事実につき判断すると

(1)  《証拠》並びに前示当事者間に争いのない事実をあわせ考えると、被控訴人は控訴人に対し

(イ)昭和四一年八月三〇日 金五万円

(ロ)同年八月三一日 金三万五、〇〇〇円

(ハ)同年九月一日 金五万円

(ニ)同年九月八日 金七万円

(ホ)同年九月一五日 金二万円

(ヘ)同年九月三〇日 金三〇万円

(ト)同年一〇月一二日 金四万円

(チ)同年一〇月二九日 金三万円

(リ)同年一〇月三〇日 金二万円

(ヌ)同年一一月四日 金二万五、〇〇〇円

(ル)同年一一月一二日 金四万円

を期限の定めなく貸与した事実が認められ、前掲被控訴人及び控訴人各本人尋問の結果中右の認定に反する部分は措信できない。

(2)  (省略)

(3)  (省略)

(4)  そのほか、前示(イ)ないし(ル)以外の金員を被控訴人が控訴人に貸与した事実を認めるに足る証拠はない。しかして、被控訴人が控訴人に対し昭和四二年八月二六日ごろ到達の書面で同月三一日までに右(イ)ないし(ル)を含む本訴請求金員を返還するよう催告をしたことは当事者間に争いがない。

三、右の事実によると、控訴人は被控訴人に対し右(イ)ないし(ル)の貸金合計金六八万円及びこれに対する昭和四二年九月一日から支払済みまで民法所定の法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、被控訴人の本訴請求は右の範囲内で認容すべきところ、右金六八万円に対する昭和四二年九月一日から同年九月三〇日まで年五分の割合による金員の支払いを求める部分につき請求を棄却した原判決に対し被控訴人から控訴がないので、これを控訴人の不利益に変更することはできない。

四、したがつて、原判決中被控訴人の本訴請求を右の範囲で認容した部分は相当で、この点に関する本件控訴は理由がないけれども、右の範囲を超えて被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であつて取消しを免がれず、この点に関する本件控訴は理由がある。

よつて、原判決中右の範囲を超えて被控訴人の請求を認容した部分を取り消し、右取消しにかかる被控訴人の請求を棄却し、控訴人のその余の控訴を棄却

(裁判長裁判官 久利馨 裁判官 安倍正三 館忠彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例